南には錦江湾に浮かぶ桜島。北には霧島の峰々が、空のカンバスに稜線をなぞります。

霧島の山々にあたる南風は多く水分を含み、川をつくり、錦江湾へと流れ出でます。臨の地とされることから、この川は天降川(あもりがわ)と名付けられ、私の母校の隼人中はその川下に位置します。そんな母校から依頼を受けまして、現中学生に向けた職業講和をして参りました。

なんで小さな蒲鉾店が!?

と自分でも思ってしまいますが、霧島市教育委員会さんからの御推薦とのことでした。夏休みに教育委員会が主催されている企業見学会に弊社も伝統食品としてノミネートされておりまして、「とにかく胃袋で憶えてもらおう笑」をコンセプトに、「薩摩すもじの素」を使ったチラシ寿司や、弊社オリジナルかき氷「紗雪氷」をたくさん試食していただいたのが良かったのか、大変好評らしく、今度は職業講和という運びになった次第です。

1学年250名近く在学する大きめの中学校なので、私だけでなく、複数の企業の方々がいらっしゃってました。JAL、九州タブチ、トヨタ車体、などなど地元では知らない人はいないほど大きな企業の中、孤軍奮闘して参りましたよ!

一人でもいい、地方経済や文化を守りたい!という心の琴線に触れることができたら・・・

というのが今回の職業講和を引き受けるにあたり目標としました。まずは少しでも興味をもってもらえるように、弊社をピックアップしたテレビ取材を2本流しました。長寿番組として紹介された番組と、コロナ禍に対応した自販機販売を取り挙げた番組です。その後、講和に入るのですがクイズ形式にして見事正解だったら、紗雪氷の無料券を配るという、胃袋に訴求してワイワイ愉しく話が出来ました。

年商、年収、純利益、洗いざらい話をしながら、自分の生まれた町で仕事が出来ることがどれだけ幸せで、またどれだけ難しいことかを、リアルに話を出来たんじゃないかと思います。

寂しさがエネルギーの原点

今回、未来のある彼らに話をするにあたり、自分が地域をどう考えているかを改めて考えるきっかけになりました。

  • (東京で働いていた時)華やかな東京から帰ってくるたびに何も変わっていない故郷がゴーストタウンに見えたこと
  • (東京で結婚したての頃)母から「店を畳むね」と電話口で聞いた瞬間に、幼少の頃見た、雪のなか蒲鉾を買おうと列を作って待つお客さんの記憶を思い出したこと
  • 小学生の頃は買い食いが楽しみだったけど、今じゃ駄菓子が買えるような商店がゼロになってしまったこと
  • ご子息は大企業で高収入を稼いでいると嬉しい顔をしながら、後継者がいないからと廃業をよぎなくしてしまう地元事業者
  • 墓じまいの為に帰省し、堰を切ったように思い出話をするお客さん

どうやら私の行動のエネルギーは故郷をなくしたくないという寂しさから来ているものだと実感しました。東京での生活はやりがいもあって本当に素晴らしいもので、いつまで続くだろうと思っていました。それでも故郷が日を追うごとに元気がなくなっていくのを他人事として無関心でいることが私には出来ませんでした。蒲鉾屋を継ぎたい、というよりかは故郷を捨てる自分を許せなかったのだと思うのです。

商売をするだけで徳を積んでいるということ

今から自立を夢見て、都会を夢見る彼らに言うことではないかもしれませんが、もしも都会での暮らしの中で挫けてしまった時に思い出してもらえれば嬉しい、そんな思いで話をしました。その中の一つに、商売をすること自体が徳を積むということ。売って良し、買って良し、そして世間良し。私達商売人はいつだって地域と共にあり、地域が悲しめば私達も悲しみ、地域が泣けば私達も泣いて、地域が喜べ私達も喜びます。

弊社が作る製品は、人と人、時代と時代をつなぐ接着剤的な役割を持ち、地域が明るく笑顔を産み出す活力源にだってなれます。地元に帰ってきて、小さなお店や会社で働くことは決して恥ずかしいことなんかじゃない、地元を育った彼らだからこそ出来るビジネスが必ずある、そんな思いに少しでもなってもらえたらと思います。

地域に根付く為に大切にしていること

それはお客様に直接、話を聞くことです。例えば、つきあげすもじという商品は常連さんに試食を何度もお願いして「炒り卵を入れる」というアイデアをいただきました。薩摩すもじの素に関しては自治会の総会で、全世帯分を試食提供して意見をいただくなどして、地元の方にマッチした味付けにこだわりました。まずは地元の方に買っていただける商品を作る、そこで売れなきゃはじまらない。自分が観光客だったら、「地元でバズっているものを買いたい!」と思います。

「伝統というのは、爆発的にヒット(流行)した商品やサービスのロングセラー」というのが私の考えで、これは松尾芭蕉の不易流行の教えの通りなんですが、この話をした時に、中学生の彼らが一斉にメモを取り始めました。

結びに

商売は屏風と同じ。足元を疎かにして、拡げ過ぎたら倒れるという商売人への苦言です。

家の仏壇のご先祖様に手を合わせる時にいつもこう言われている気がします。ただ、商売の極意とは不易な人間の営みを信じるということと思っています。「誰かを喜ばせたい」「誰かを励ましてあげたい」「一緒に祝ってあげたい」「一緒に慰めてあげたい」「たくさんの子供に囲まれたい」「親孝行がしたい」。少子高齢化の今、合理性がいかに大事は知っています。しかし、どれだけの機械化や人工知能化が進もうとも、人間が社会性動物である以上、変わらない行動心理が誰かを思いやるということが人情であり、地方らしさであり、心が疲弊してしまった都会人の心のゴールだと思うのです。弊社はその誰かを「家族」と考え、更には「親子」の絆を深める、そんな商品やサービスを展開していきたいと考えています。

なので、「かき氷」や「薩摩すもじの素」、「じはんき商店街」の構想は私が思う商売の本質から逸脱していないと考えています。

だいぶ、風呂敷を広げ過ぎましたが、要はみんなニコニコが一番ですね!!

店舗に飾られている不易文書。
フリーダイヤルは「親子喜ぶ」です
社用車のナンバーも喜ぶ

講和を終えて

植山かまぼこ屋の職業講和を聴いて
植山かまぼこ屋の職業講和を聴いて
植山かまぼこ屋の職業講和を聴いて
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